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有難う
No.17 下川朝陽(長崎東高校) 『有難う』 北九州市立大学文学部比較文化学科の下川朝陽です。2年生までは選手として、3年生からは学生コーチとして、硬式野球部に所属させていただきました。 私は選手としても、学生コーチとしても、何らこの野球部には貢献できませんでした。私の写った写真の少なさがそれを証明しているかなと思っています。私が部に所属していた期間で得られたのは、競馬の話を聞いてくださる寛大な恩師と、今でも気にかけてくれる優しい先輩と、ボケたら突っ込んでくれる同級生と、競馬の話をしてくれる後輩だけです。このような体たらくの私に、必要以上のお金を負担してもらった両親には頭が上がりません。 しかし、ここで得られた縁には感謝しています。怪我をしても、選手として太刀打ちできないと悟っていても、部を辞めなかったのは人の縁があったからだと思っています。今後も大事にしたいです。そして、この得難いつながりに、「有難う」と言いたいと思います。 話は変わりますが、上にもある通り競馬が大好きな私は、競馬関係の仕事に就くことになりました。この文章をお読みの
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2月19日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.16 西井輝(戸畑高校) 『4年間を振り返って』 こんにちは。西井輝です。 北九大野球部での4年間を振り返ると、さまざまな経験を通して大きく成長できた時間だったと感じています。 これまでの野球人生では、比較的試合に出場することが多く、「試合に出ること」が当たり前のような環境でプレーしてきました。しかし大学に入ってからは、後輩が試合に出場したり、自分は途中出場が増えたりと、これまでとは違う立場を経験しました。 その中で、「どうしたら試合に出られるのか」「今の自分に何が足りないのか」をこれまで以上に考えるようになりました。そして同時に、「試合に出ていなくても、どうすれば直接的・間接的にチームに貢献できるのか」を真剣に考えるようになりました。 自分の結果だけでなく、チームのために今できることは何か。声かけ一つ、準備一つにも意味があると気づけたことは、自分にとって大きな成長だったと思います。 正直、試合に出られない時や、思うような結果が出なかった時は悔しい気持ちもたくさんありました。それでも、グラウンドに行けばいつも笑顔で話しかけてくれるチームメイ
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2月19日読了時間: 2分


本研究(大学野球)の考察と感謝
No.15 久保寧陸(九州産業大学付属九州高校) 『本研究(大学野球)の考察と感謝』 国際環境工学部機械システム工学科の久保寧陸です。 大学野球での4年間は、活躍することの難しさ、そしてどれだけ真剣に取り組んでも、結果だけでは試合に出られない厳しい現実を知る日々でした。 正直なところ、入学当初は大学で野球を続けるつもりはありませんでした。同じ理系の伊藤に誘われ、「少しやってみようかな」という軽い気持ちで入部したのが始まりです。 私はキャンパスが離れているため、グラウンドで練習できる時間は限られていました。1年生の頃は、グラウンドに来た際は時間を惜しんで自主練習をし、その中で先輩方と話す機会を大切にしていました。振り返ってみると、その時間が大学野球において何より貴重な財産であり、先輩方との交流のおかげで「このチームで試合に出て活躍したい」と強く思えるようになりました。 2年生からは少しずつ試合にも帯同させてもらえるようになり、結果も出始めました。しかし、長期休みで調子を上げても、授業が始まると実践的な練習が確保できず、思うような結果がついてこない。
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2月19日読了時間: 3分


大学野球を振り返って
No.14 尾嶋淳之介(香住丘高校) 『大学野球を振り返って』 副主将を務めさせていただきました、尾嶋淳之介です。 私の大学野球生活は、まさに「人間万事塞翁が馬」という言葉そのものだったと感じています。 私は3年生になってようやくリーグ戦に出場することができました。 練習の成果もあり、投球のコツのようなものを掴みかけており、まさに順風満帆だと感じていました。 しかしその矢先、股関節を痛め、秋季リーグ戦への出場も不透明となりました。 それでも怪我を押して出場したこともあり、その負担からか、今度は肩まで痛めてしまいました。 肩の怪我は、4年次の春季リーグ戦まで完治することはありませんでした。 ただ、この怪我がネガティブな面ばかりだったかというと、決してそうではありません。 確かにパフォーマンスは落ちましたが、悩み、試行錯誤を重ねる中で多くの気づきを得ることができました。 特に、チームメイトと練習を重ねる時間や、同級生のひたむきな姿には何度も刺激をもらいました。 その姿に触れ、どれだけ痛みがあっても最後までやり切ろうと覚悟を決めることができました。.
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2月18日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.13 立岩凌(大手前高松高校) 『4年間を振り返って』 「野球に出会えて、このチームで戦えて、本当に幸せだった」 今、卒部を迎え、心からそう感じています。 振り返れば、大学生活のほとんど毎日をグラウンドで過ごし、文字通り「野球漬け」の毎日でした。正直に言えば、何度も怪我をして逃げ出したくなったことも一度やニ度ではありません。しかし、あの濃密な日々こそが、何物にも代えがたい私の財産です。 そして、何よりの宝物は数多くの出会いです。 背中を追い続けた頼もしい先輩方、共に汗を流し、時にはぶつかり合いながら切磋琢磨した同期、そしてこれからのチームを引っ張っていく頼もしい後輩たち。多くの仲間に恵まれたからこそ、厳しい練習も乗り越えることができました。 この4年間で学んだ「仲間の大切さ」と「泥臭く努力し続ける精神」を胸に、新しいステージでも自分らしく突き進んでいこうと思います。 最後になりますが、これまで支えてくださった指導者の方々、チームメイト、そして家族に心から感謝を伝えます。4年間本当にありがとうございました!
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2月18日読了時間: 1分


4年間を振り返って
No.12 日南和也(廿日市高校) 『4年間を振り返って』 私はこの4年間で、「人の大切さ」を何よりも学びました。思うような結果を残すことはできませんでしたが、それ以上に一生の財産となる出会いを得ることができました。 先輩方へ。たくさん助けていただき、本当にありがとうございました。ご飯にも何度も連れていっていただき、何気ない時間もすべてが大切な思い出です。先輩方のおかげで、毎日が本当に楽しくなりました。 後輩のみんなへ。実力のある選手ばかりで、そんな中で下手な僕にも野球を教えてくれてありがとうございました。毎日がとても楽しかったです。就活も頑張ってほしいです。大企業じゃなくても、自分がいいと思える企業に行ってほしいと思います。でも大企業の方が安定してるかもです。それは分かりません。 同級生へ。面白いやつばかりで、苦しい時も自然と笑顔にしてくれる存在でした。共に過ごした時間は一生忘れません。みんなと出会えて本当によかったです。大企業にいくやつも中小企業にいくやつも一生の最高の仲間です。 先生方へ。本当にありがとうございました。 まず、山本先生のガン
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2月18日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.11 小林大起(勝山高校) 『4年間を振り返って』 こんにちは。 経済学部経済学科に所属する小林大起です。 私はこの4年間、野球を通じて多くの経験を重ね、大きく成長することができたと感じています。 私は同級生の中でも最も遠方の高校から入学しており、入学当初は送り出してくれた家族のために必ず結果を出さなければならないと気負いすぎていました。その思いが空回りし、チームにうまく馴染めない時期がありました。結果も思うように出ず、今振り返ると視野が狭く、未熟でみっともない姿だったと感じています。 そんな自分を変えてくれたのは、共に戦ってきた仲間たちの存在でした。この4年間、何度も野球を辞めたいと思い、逃げ道を探したこともありました。それでも、仲間がいてくれたからこそ、毎日グラウンドに足を運び、練習を続けることができました。先輩後輩含め、仲間たちには感謝してもしきれません。結局、最後の最後までリーグ戦に出場してこれまで支えてくれた方々の恩返しにかっこいい姿を見せることは叶いませんでしたが、諦めずに野球と向き合い続けた日々や、仲間と共に過ごした時間は、自
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2月18日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.10 村上昴瑠(広島商業高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学地域創生学群4年の村上昴瑠です。 私はこの4年間、北九大で野球をすることができてよかったと思います。試合でチームに貢献することはできませんでしたが、4年間練習し続けられたことに大きな意味があったと思っています。試合に出ることが少なく苦しいことが続きましたが、4年間諦めずに練習を続けることができたのは両親のおかげだと思います。 試合に出ることがない自分を遠くで陰ながら応援、期待し続けてくれたことが大きな要因であったと思います。しかし、その期待に応えることができませんでした。申し訳ない気持ちでいっぱいですが、下を向くことなく社会人になってから少しずつ恩返ししていきます。 そして、同級生の仲間たちと切磋琢磨し練習し続けられたことが要因でもある思います。この同級生の仲間と九州インカレで優勝できたことが私の1番の思い出です。4年生中心で挑んだ九州インカレで優勝することは、リーグ戦で貢献することができてなかった私にとってすごくうれしかったことを覚えています。こんな経験をさせてくれた同
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2月18日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.9 松本凜太郎(延岡高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学地域創生学群地域創生学類の松本凜太郎です。 大学野球の4年間を振り返ると、苦労や後悔がありましたが、心の底から大学野球をやってよかったと思っています。 私は、小・中・高と多く試合に出させてもらっていましたが、大学では、実力不足もあり、一度も公式戦に出場していません。また、入部当初の私は、大学野球で初めて体育会系の上下関係というものをこの身をもって思い知らされました。小学・中学・高校と公立学校に通い、上下関係もさほど厳しくなかったため当時は、大学野球にギャップを感じていました。さらに、周りのレベルの高さや野球に対する姿勢・意識の高さに差を感じ不安しかありませんでした。 そんな私が、大学まで野球を続けてこられたのは、「仲間」「家族」の存在があったからです。野球で結果が出ず辛い時でも、同級生の仲間や私生活での友人と過ごすことで、自然と笑顔になり、その瞬間だけ辛いことを忘れることができました。一緒になってバカしてくれる仲間がいたから、4年間も続けてこられたと思います。ありがと
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2月17日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.8 品川拓巳(広島商業高校) 『4年間を振り返って』 どうもこんにちは。品川拓巳です。 北九大野球部での4年間を振り返ると、様々な経験を通して大きく成長できた時間だったと感じます。入学してまず驚いたのは、ガッツポーズをしても怒られないこと、笑顔を見せても怒られないことでした。高校時代は「野球は楽しむものではない」と思っていた私にとって、大学野球は本当に新鮮で、とても楽しいものでした。気がつけば、あっという間の4年間でした。 大学野球を通して特に学んだのは物事に取り組む姿勢です。限られた時間や環境で成長するためには自分で考え、真摯に取り組むことが必要であることを知りました。この姿勢はこの4年間で自分なりに身につけることができたと思います。 同じ目標に向かって仲間と切磋琢磨しながら成長できたことも大きな財産です。結果的には神宮に出場出来なかったものの、同級生とは振り返る度に濃い思い出が溢れてきます。朝早くから眠い目をこすりながらみんなで整備をし、練習後に食堂でご飯を食べながら楽しく話す。そんな毎日がとても幸せだったということを引退してからしみ
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2月17日読了時間: 2分


北九大で良かった
No.7 鹿山惇生(長崎南山高校) 『北九大で良かった』 「北九大で良かった。」 この一言に、4年間すべてが詰まっています。 何度も、あと一歩でした。 手を伸ばせば届きそうだった神宮への切符は、そのたびに目の前で消えていきました。歓喜の輪の外で、胴上げされる瞬間を6度見届けました。悔しかった。苦しかった。 2025年春季リーグ戦。 2歳から続けてきた野球人生、最後の挑戦。全国への切符をかけた試合に敗れた瞬間、涙が止まりませんでした。込み上げてきたのは、悔しさだけではなく、両親への感謝。毎日一緒に泥だらけになった仲間の顔。そして、やり切ったという誇り。全てが一気に押し寄せました。後から写真を見返すと、品川が肩を貸してくれていました。仲間がいたからこそ、最後まで戦うことができました。時には、仲間にきつい言葉をぶつけたこともあります。本気だったからこそ、ぶつかった。本気だったからこそ、悔しかった。それでも、最後まで一緒に戦ってくれたみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。 かずと。 たくさんのものを背負わせてしまいました。かずとがキャプテンで本当に良かっ
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2月17日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.6 坂上照幸(池田学園池田高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学経済学部経済学科の坂上照幸です。 大学での野球生活を振り返ると、悔しかったことや嬉しかったこと、楽しかったことなど様々なことが思い浮かんできます。入学当初は、高校野球と違い、周りの先輩方のレベルの高さに圧倒され、北九大の野球のレベルの高さについていくために練習するのに必死でした。2年生になり、少しずつ試合に出させていただく機会が増え、楽しく野球をすることができるようになってきました。しかし、上級生になり自分のためでなく、チームのことを考えて野球をしないといけなくなりました。今までの野球人生では自分の結果を主に考えてやっていた分、チームのことを考えることが難しかったです。3年生の秋のインカレで優勝したあと、やっぱりこの仲間で神宮に行きたい、少しでも長く野球がしたいと思い、4年生の春に神宮に行くという目標が自分の中で明確になりました。しかし、結果は2位で神宮に出場することができませんでした。仲間たちともう、野球ができなくなってしまうと考えると悔しくてたまりませんでした。本
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2月17日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.5 八木順生(鹿児島玉龍高校) 『4年間を振り返って』 経済学部経済学科4年の八木順生です。 こんにちは。北九州市立大学硬式野球部での4年間を振り返ってとても楽しい大学生活だったと思いました。初めてきた北九州市で色々な人と出会うことができて色々なことを学ぶことができました。大学では野球をするかも決めてなかったのにも関わらず最後まで野球を続けられたのはいいチームメイトといい指導者に出会うことができたからだと思います。自分はチームの戦力としてリーグ戦で活躍することはできませんでしたが、硬式野球部に入ってよかったと感じています。毎日朝早くて寝坊しそうになった日は何日もありましたが、みんなで朝からワイワイして練習する日々はとても貴重な時間だったと感じます。 大学野球で一番楽しかった思い出は試合終わりに勝手にお酒を飲みならが反省会をすることです。自分は試合に出てなくても同級生とたくさん文句を言いながら飲むことが一番楽しかったです。 これから社会人になるに連れてこれまで以上に大変なことがあると思いますが、この楽しかった大学4年間のことを懐かしく思いなが
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2月17日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.4 糸瀬太翔(香住丘高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学で過ごした4年間は、自分にとって決して楽な時間ではありませんでした。うまくいくことよりも、思い通りにならないことの方が多く、自分の未熟さを何度も突きつけられました。それでも最後までやり抜けたことを、今は誇りに思っています。 大学野球は甘くありませんでした。試合に出ることの難しさ、結果を出し続けることの厳しさ、チームの一員としての責任。そのすべてを経験しました。公式戦でグラウンドに立ったときの緊張感や、声援の中でプレーする高揚感は今でも忘れられません。同時に、思うような結果が出せず悔しい思いをしたことも数えきれません。 そんなとき、支えてくれたのが仲間でした。ミスをしても責めるのではなく、次に向かわせてくれる言葉をかけてくれる。きつい練習の中でも自然と笑いが生まれる。何気ない日常の時間さえも、今思えばかけがえのないものでした。 この4年間で一番の財産は、間違いなく仲間との出会いです。同じ目標に向かって本気で努力し、ぶつかり合い、励まし合った時間は、簡単には得られないものだと思い
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2月16日読了時間: 2分


4年間の大学野球
No.3 稲本眞二(八代清流高校) 『4年間の大学野球』 北九州市立大学での4年間の野球生活を振り返ると、楽しいことよりも、悔しいことや苦しいことの方が多かったように思います。正直、思い描いていた大学野球とは違う現実もたくさんありました。それでも、この4年間を「やってよかった」と胸を張って言えるのは、周りの人たちに支えられてきたからです。 自分は試合に出る機会がほとんどなく、公式戦でチームに直接貢献できたとは言えません。結果を残せないもどかしさや、情けなさを感じる場面も多くありました。それでも、うまくいかない時に声をかけてくれた先輩や後輩、同級生、指導者の皆さん、そして家族の存在に何度も救われました。一人だったら、間違いなく続けることはできなかったと思います。 そんな中でも、忘れられない思い出があります。それは九州インカレで優勝したことです。自分はグラウンドに立つことはできませんでしたが、同じチームの一員として、その瞬間を共有できたことは一生の宝物です。仲間が全力で戦い、勝ち取った「九州一」を間近で見たことで、悔しさと同時に、大きな感動と誇りを感
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2月16日読了時間: 2分


I wanna be a home-run hitter
No.2 柴田楓真(長崎東高校) 『I wanna be a home-run hitter』 4年、野球部の柴田です。 「柵越えホームランを打ちたい」大学で野球をしているほとんどの人が高校までに達成しているであろう夢を叶えるために一心不乱で取り組みました。 178cm60kg。菜々緒にも匹敵するであろうシンデレラ体重の身体では、白球を柵の向こうへ運ぶにはあまりにも非力でした。「このままではダメだ」そう思った私は死に物狂いでご飯を食べました。3ヶ月後、体重は70kgになりました。そして自主練習のロングティーで放った打球がフェンスを直撃した瞬間、嬉しさのあまり世界は黄金色に輝いて見えました。目標に向かって順調に進んでいた矢先、私はインフルエンザを患いました。1週間後、久しぶりに体重計に乗った私は絶望しました。58kg。これまで眩いばかりの黄金色に満たされていた世界が一瞬にして白黒の世界に豹変しました。これ以来、私の打球がフェンスに届くことはありませんでした。 目標は達成できませんでしたが、こんな私に打球の飛ばし方を教えてくれた友達にとても感謝してい
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2月16日読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.1 片山倫太朗(岡山学芸館高校) 『4年間を振り返って』 中村世代副主将の片山倫太朗です。 正直、野球は高校で辞める予定でした。 加えて、3春で神宮出れたら選手を辞めるつもりでした。(沢山みんなから怒られました。たかやさんは「いいんやない」って言ってくれたけど。) それなのに、入部当初からは考えられないくらい、こんなにも一生懸命、神宮目指して、しかも柄でもない副主将なんかをしてる自分にびっくりです。自分の大学でのチームへの関わり方みたら高校の同級生、後輩、先生方も驚くと思います。 でも最後まで選手としてプレーを続けだからこその思い出の打席があります。 西南大戦の2節の7回裏の打席。 若松が出塁し、中村が続いた場面での代打。 梶原に託され、泣きそうな顔の鹿山から声をかけられ、打席に向かって歩き出し、ベンチのみんなからの声が聞こえる中、尾嶋からの声が最後に耳に入って打席に入りました。幹部全員に作ってもらった打席。 さすがに痺れました。 打席の動画を見返すと、スタンドの4年生の声に泣けてきて、いっつも代打出されたら不貞腐れてベンチ裏いる中尾は、俺
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2月16日読了時間: 3分


第8回教育リーグ秋季リーグ戦
こんばんは。3年マネージャーの阿部と2年マネージャーの玉城です。 第8回教育リーグ秋季リーグ戦 11月2日(日)の日程が、福岡工業大学FITスタジアムにて行われました。 結果は下記のとおりです。 〜第1試合〜 【北】031 010 0|5 【工】140 100 5|11 ※規定時間のため、7回終了 試合は初回から動きます。 先頭打者に四球を与えると、犠打で走者を進められた後、盗塁を決められ、三塁に走者を背負う危機。続く打者の犠飛で先制点を許します。さらに後続にも連打を浴び、再び本塁への生還を狙われますが、ここは左翼手からの中継が冴え、本塁で憤死。最小失点でこの回を切り抜けます。 続く2回表、北九大の攻撃。二者連続の四球で流れを掴むと、平山(1年・武雄)の鋭い打球が内野安打となり、一死満塁。ここで田中悠(2年・新宮)、丸山(3年・大手前高松)が連続して左前適時打を放ち、3点を奪取。 見事、逆転に成功します。 しかし2回裏、四球と失策が重なり、走者を背負うと長打で返され、再び福工大リードの展開となります。3回表、北九大も負けじと反撃に出ます。平山の適
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2025年11月2日読了時間: 3分


教育リーグ秋季リーグ戦1日目
こんばんは! 3年マネージャーの古俣と1年マネージャーの山下海です。 11月1日(土)第8回教育リーグ秋季リーグ戦1日目の日程が、福岡工業大学FITスタジアムにて行われました。 結果は以下の通りです。 〜1試合目vs.福岡大学〜 【北】¦000 001 12 | 4 【福】¦004 000 00 | 4 ※規定時間により、8回終了 秋季リーグ戦が開幕して2ヶ月間戦い抜き、つい先日全九州大学野球選手権大会を準優勝という結果で終えました。 メンバー達の勇姿、歓喜や悔しさ溢れる場面を沢山見続けました。 最後は歓喜の輪を見届け、より一層の覚悟をもって山下世代は神宮大会出場に向けて再出発致しました。 本日は、リーグ戦出場機会が比較的少なかった選手、スタンドから見届けた選手達による教育リーグが開催されました。 北九大は試合開始と同時に、全九州大学野球選手権大会にてベンチ入りしていた2年生が、その経験を活かしてベンチの雰囲気を大会同様に盛り上げます。 初回、竹下(1年・岡山学芸館)が勢いよく振り切ります。打球を捉えて中前安打を放つと、五味(2年・諏訪清陵
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2025年11月1日読了時間: 4分


第32回全九州大学野球選手権大会決勝 vs日本文理大学
こんばんは。3年マネージャーの阿部です。 第32回全九州大学野球選手戦大会決勝 10月29日(水)vs日本文理大学の日程が、みずほPayPayドーム福岡にて行われました。 結果は下記のとおりです。 【文】100 021 000|4 【北】000 000 000|0 【北】¦●大石、川副、髙山 — 福田 【文】¦○永谷 — 内間 決勝戦の円陣を任されたのは、池田(3年・伊集院)。 これまで目の前で優勝を逃してきた悔しさ、そしてこの舞台に立てる喜びと決意を語り、 最後に放った言葉は——「山本浩二監督を神宮へ。」 その掛け声で、ベンチは大きく沸き上がり、選手たちの表情には覚悟が宿ります。日頃からチームを支え続けてくださる監督への恩返しを胸に、北九大ナインは全員の想いを背負って、決勝のマウンドへと挑みます。 5連戦目となる本日、先発のマウンドには大石(1年・別府鶴見丘)が上がります。初回、四球で出した走者を犠打で送られ、得点圏に背負うと、続く打者に適時打を許し、先制点を奪われます。 2回裏、外野手の広い守備範囲に苦しむ中、二死から本田(1年・戸畑)が中前
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2025年10月30日読了時間: 3分
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