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4年間を振り返って
No.25 中村一翔(佐賀北高校) 『4年間を振り返って』 昨年まで主将を務めさせていただきました、中村一翔です。 濃く、苦しく、そして何よりも楽しかった4年間の野球生活を、今振り返っています。 入部当初、大学野球のレベルの高さに圧倒されました。 1年秋からスタメンで起用していただきましたが、高校まで自信を持ってきた自分の野球は、ここでは通用せず、何度も自分の未熟さと向き合う日々でした。 結果で応えられず、悔しさを抱えたまま過ごした時間も少なくありません。 それでも、周囲の支えがあったからこそ、逃げずに野球と向き合い続けることができました。 目標としていた結果には届きませんでしたが、野球だけでなく、人として大きく成長できた4年間だったと胸を張って言えます。 また、主将に選んでくれて、信じてついてきてくれたみんな、本当にありがとう。神宮という目標は果たせなかったけれど、あの悔しさや想いは、確実に後輩たちへつなげることができたと思っています。気がつけば、胸を張れる最高のチームになっていました。 後輩たちへ。 次は、君たちが神宮の舞台に立ち、その景色を
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かけがえのないもの
No.24 岡村保菜美(萩高校) 『かけがえのないもの』 こんにちは。 昨年主務を務めさせていただきました、岡村保菜美です。 大学野球は、私にとってこれまでの人生において1番の目標の場所でした。本来は中村世代の同期へ溢れる愛と感謝を綴りたいところですが、今回は大学野球に対する思いと北九大野球部で過ごした4年間について書かせていただきます。 一人の選手が野球に打ち込むその裏側には、想像以上に多くの人の関わりと支えがあります。そのことをこの4年間を通して強く実感しました。 高校1年生の春に、父と全日本大学野球選手権大会を観戦するため神宮球場を訪れました。実際に見る神宮球場、そしてそこでプレーする選手、運営する学生スタッフ、全てが想像よりもはるかに夢のような舞台でした。そして、その舞台で兄がプレーする姿を見て尊敬の念とともに、自分もいつか大学野球に携わりこの場所に立ちたいという新たな決意が芽生えました。 その後、3つ上の兄が北九大へ進学したことをきっかけに、私自身も北九大野球部に惹かれていきました。 憧れていた大学野球の4年間は、すべてが学びに満ちた時
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幸せ
No.23 横手心海(必由館高校) 『幸せ』 こんにちは!マネージャーの横手心海です。 私はこの4年間を通して、野球が今までよりもずっと大好きになりました。 幼い頃から父の影響で野球に触れる機会が多く、幼稚園が休みの日はグラウンドに行っていました。最初は「また行くの?」と思っていましたが、マネージャーの仕事を手伝わせてもらううちに、次第に選手を支えるかっこいい存在に憧れを持ち、高校でマネージャーになることを決意しました。念願だった高校野球のマネージャーになることができたものの、甲子園には届かず、「このまま終わりたくない。大学で絶対に全国大会に出たい」——その思いから、元々続けるつもりはありませんでしたが、野球のために北九大を選びました。 大学での業務は、高校の頃とは大きく異なり、グラウンドに出ることも、選手の練習を間近で見ることもほとんどありません。会計を務めていた私は、パソコンと通帳とにらめっこする毎日で、「何の役にも立てていないのではないか」と自分の存在意義に悩むこともありました。それでも、試合で見られる成長や、自主練に真剣に取り組む選手を見
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多くの人に支えられて
No.22 梶原謙臣(宮崎商業高校) 『多くの人に支えられて』 4年間を振り返ってみると、「感謝」というこの一言に尽きると感じます。 まずは山本先生への感謝です。山本先生には、仕事等でお忙しい中、多くの時間を野球部に割いていただきました。また、私は学生コーチとして山本先生と関わる機会が多く、私の意見や要望に対しても真摯に向き合ってくださいました。 本当にありがとうございました。 次に、マネージャーへの感謝です。北九大野球部は、マネージャーの存在によって成り立っていることを、同じスタッフとして身近で働く中で強く感じました。練習試合の日程調整、リーグ戦の運営、資金管理、SNS活動など、多岐にわたる業務を担ってくれました。チームが不自由なく野球に向き合えたのは、マネージャーのおかげです。 本当にありがとう。 そして、先輩・後輩への感謝です。 先輩方から大学野球を学ばせていただき、日常生活においてもたくさんお世話になりました。先輩方の優しく頼もしい背中を見て、私たち後輩は成長することができたと感じています。 本当にありがとうございました。
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イップスと仲間と共に歩んだ野球人生
No.21 松尾大地(小倉東高校) 『イップスと仲間と共に歩んだ野球人生』 皆さんこんにちは。 でかくなりたい大学生です。 イップスといえばまず初めに誰が思い浮かびますか。そうです。松尾大地です。3塁コーチャーのところにファールボールが飛んできてそれをキャッチしてしまった時、3塁側の相手ベンチへボールを投げるのが怖すぎたのを今でも忘れられません。わざとスルーしたりもしました。イップスといえば松尾大地、松尾大地といえばイップスでございます。 なぜ私がイップスになったのか、それは中学時代の過酷な練習にありました。なった当初は最初の3ヶ月間ボールを握ることすら怖く、野球をいつ辞めるか考える日々でした。「ボールを投げたらまた暴投してチームに迷惑をかけてしまう」その思いがどこからともなく頭中を支配し、怯える日々でした。こんなに野球が嫌いになった私でもなぜ大学まで野球を続けてこられたかと言いますと、仲間がいたからです。イップスを理解してくれる仲間、いじってくれる仲間、怒ってくれる仲間、改善へ導いてくれる仲間。先輩後輩同期全員が私のイップスに対して愛を持って接
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4年間を振り返って
No.20 大塚朝陽 『4年間を振り返って』 こんにちは。 投手学生コーチを務めさせていただました、法学部4年の大塚です。今回は私の大学4年間で感じたことをお話させていただきます。 私が大学4年間で感じたことは野球の素晴らしさです。私は3年になる前に学生コーチになりましたが、それまでは全く大学野球が楽しくありませんでした。高校までは甲子園というとても大きな目標があり、それに向かって練習に励むことができていましたが、大学野球にはそれほどの目標がないため、野球への意欲もなく、いつ辞めようかとずっと考えていました。 ただ、学生コーチになる前の時期に、練習を頑張っている仲間たちを見ていると、漠然とこいつらは凄いなと思い、辞めずに学生コーチになってチームの勝利に貢献したいと思うようになりました。 この気持ちはチームスポーツである野球をやっていたからこそ、感じることができたと思います。仲間のためにという気持ちを抱くことができる点が野球の素晴らしさだと感じました。大学野球では人のために働くという経験をさせていただき、仲間たちには感謝の気持ちでいっぱいです。.
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4 日前読了時間: 2分


大学野球を振り返って
No.19 若松大雅(宮崎商業高校) 『大学野球を振り返って』 わっかーまつドンドン、わっかーまつドンドン 白石団長を筆頭に、「オーレ達のわかまーつ」から始まるどこの大学にも負けない大きな声援が、いつも私の背中を押してくれました。 こんにちは。 北九州市立大学地域創生学群地域創生学類の若松大雅です。少しだけ私に時間をください。大学野球での4年間は苦しい時期も多々ありましたが、それ以上に楽しい学びの多い時間でした。初めて北九大の練習に参加した入学前の宮崎キャンプで先輩方がグランド内を全力疾走している光景に、はい??となりました。大学生にもなって守備位置まで全力で行くとは思っておらず、衝撃でした。しかしこのダッシュ1つで多くの方々に勇気と感動を与えています。私はこの北九ダッシュをとても誇りに思っています。 春季リーグ戦では、気づけば3年連続2位。 あと一勝。あと一本。あと一球。 その「あと」が、いちばん遠いと感じました。高校の頃から共に汗水流してきた梶原コーチ、そしてどんな時も一番近くで支え続けてくれた岡村・横手マネージャーを最後は絶対に神宮へ連れて
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4年間の思い出
No.18 月成洸陽(小倉高校) 『4年間の思い出』 地域創生学群地域創生学類4年の月成洸陽です。4年間振り返ってみると、辛いことや楽しいことなどたくさんのことを経験し、学ぶことのできた学生生活でした。入部当初、周りのレベルの高さを痛感しました。高校野球とは変わってワンランク上の野球を経験し、自信を失ったことを今でも覚えています。怪我が多く選手としては試合にも出れない、練習もまともに参加できない日々もありました。そんな辛い思い出が多かったように思えます。しかし、こんな自分でもチームのためになにか力になりたいという思いから、大学3年の春に学生コーチになることを決意しました。学生コーチになってからは、自分が指導できるのかという不安や自分の伝えたいことが伝わらないもどかしさなど、選手では味わうことのできない貴重な経験を得ることができました。そのことで人として成長することができたと感じています。「学生コーチになる」という決断を後押ししてくださった山本先生や同級生には感謝しています。その決断がチームの役に立っていたのかはわかりません。しかし、先輩や同級生、
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有難う
No.17 下川朝陽(長崎東高校) 『有難う』 北九州市立大学文学部比較文化学科の下川朝陽です。2年生までは選手として、3年生からは学生コーチとして、硬式野球部に所属させていただきました。 私は選手としても、学生コーチとしても、何らこの野球部には貢献できませんでした。私の写った写真の少なさがそれを証明しているかなと思っています。私が部に所属していた期間で得られたのは、競馬の話を聞いてくださる寛大な恩師と、今でも気にかけてくれる優しい先輩と、ボケたら突っ込んでくれる同級生と、競馬の話をしてくれる後輩だけです。このような体たらくの私に、必要以上のお金を負担してもらった両親には頭が上がりません。 しかし、ここで得られた縁には感謝しています。怪我をしても、選手として太刀打ちできないと悟っていても、部を辞めなかったのは人の縁があったからだと思っています。今後も大事にしたいです。そして、この得難いつながりに、「有難う」と言いたいと思います。 話は変わりますが、上にもある通り競馬が大好きな私は、競馬関係の仕事に就くことになりました。この文章をお読みの
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4年間を振り返って
No.16 西井輝(戸畑高校) 『4年間を振り返って』 こんにちは。西井輝です。 北九大野球部での4年間を振り返ると、さまざまな経験を通して大きく成長できた時間だったと感じています。 これまでの野球人生では、比較的試合に出場することが多く、「試合に出ること」が当たり前のような環境でプレーしてきました。しかし大学に入ってからは、後輩が試合に出場したり、自分は途中出場が増えたりと、これまでとは違う立場を経験しました。 その中で、「どうしたら試合に出られるのか」「今の自分に何が足りないのか」をこれまで以上に考えるようになりました。そして同時に、「試合に出ていなくても、どうすれば直接的・間接的にチームに貢献できるのか」を真剣に考えるようになりました。 自分の結果だけでなく、チームのために今できることは何か。声かけ一つ、準備一つにも意味があると気づけたことは、自分にとって大きな成長だったと思います。 正直、試合に出られない時や、思うような結果が出なかった時は悔しい気持ちもたくさんありました。それでも、グラウンドに行けばいつも笑顔で話しかけてくれるチームメイ
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本研究(大学野球)の考察と感謝
No.15 久保寧陸(九州産業大学付属九州高校) 『本研究(大学野球)の考察と感謝』 国際環境工学部機械システム工学科の久保寧陸です。 大学野球での4年間は、活躍することの難しさ、そしてどれだけ真剣に取り組んでも、結果だけでは試合に出られない厳しい現実を知る日々でした。 正直なところ、入学当初は大学で野球を続けるつもりはありませんでした。同じ理系の伊藤に誘われ、「少しやってみようかな」という軽い気持ちで入部したのが始まりです。 私はキャンパスが離れているため、グラウンドで練習できる時間は限られていました。1年生の頃は、グラウンドに来た際は時間を惜しんで自主練習をし、その中で先輩方と話す機会を大切にしていました。振り返ってみると、その時間が大学野球において何より貴重な財産であり、先輩方との交流のおかげで「このチームで試合に出て活躍したい」と強く思えるようになりました。 2年生からは少しずつ試合にも帯同させてもらえるようになり、結果も出始めました。しかし、長期休みで調子を上げても、授業が始まると実践的な練習が確保できず、思うような結果がついてこない。
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大学野球を振り返って
No.14 尾嶋淳之介(香住丘高校) 『大学野球を振り返って』 副主将を務めさせていただきました、尾嶋淳之介です。 私の大学野球生活は、まさに「人間万事塞翁が馬」という言葉そのものだったと感じています。 私は3年生になってようやくリーグ戦に出場することができました。 練習の成果もあり、投球のコツのようなものを掴みかけており、まさに順風満帆だと感じていました。 しかしその矢先、股関節を痛め、秋季リーグ戦への出場も不透明となりました。 それでも怪我を押して出場したこともあり、その負担からか、今度は肩まで痛めてしまいました。 肩の怪我は、4年次の春季リーグ戦まで完治することはありませんでした。 ただ、この怪我がネガティブな面ばかりだったかというと、決してそうではありません。 確かにパフォーマンスは落ちましたが、悩み、試行錯誤を重ねる中で多くの気づきを得ることができました。 特に、チームメイトと練習を重ねる時間や、同級生のひたむきな姿には何度も刺激をもらいました。 その姿に触れ、どれだけ痛みがあっても最後までやり切ろうと覚悟を決めることができました。.
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6 日前読了時間: 2分


4年間を振り返って
No.13 立岩凌(大手前高松高校) 『4年間を振り返って』 「野球に出会えて、このチームで戦えて、本当に幸せだった」 今、卒部を迎え、心からそう感じています。 振り返れば、大学生活のほとんど毎日をグラウンドで過ごし、文字通り「野球漬け」の毎日でした。正直に言えば、何度も怪我をして逃げ出したくなったことも一度やニ度ではありません。しかし、あの濃密な日々こそが、何物にも代えがたい私の財産です。 そして、何よりの宝物は数多くの出会いです。 背中を追い続けた頼もしい先輩方、共に汗を流し、時にはぶつかり合いながら切磋琢磨した同期、そしてこれからのチームを引っ張っていく頼もしい後輩たち。多くの仲間に恵まれたからこそ、厳しい練習も乗り越えることができました。 この4年間で学んだ「仲間の大切さ」と「泥臭く努力し続ける精神」を胸に、新しいステージでも自分らしく突き進んでいこうと思います。 最後になりますが、これまで支えてくださった指導者の方々、チームメイト、そして家族に心から感謝を伝えます。4年間本当にありがとうございました!
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6 日前読了時間: 1分


4年間を振り返って
No.12 日南和也(廿日市高校) 『4年間を振り返って』 私はこの4年間で、「人の大切さ」を何よりも学びました。思うような結果を残すことはできませんでしたが、それ以上に一生の財産となる出会いを得ることができました。 先輩方へ。たくさん助けていただき、本当にありがとうございました。ご飯にも何度も連れていっていただき、何気ない時間もすべてが大切な思い出です。先輩方のおかげで、毎日が本当に楽しくなりました。 後輩のみんなへ。実力のある選手ばかりで、そんな中で下手な僕にも野球を教えてくれてありがとうございました。毎日がとても楽しかったです。就活も頑張ってほしいです。大企業じゃなくても、自分がいいと思える企業に行ってほしいと思います。でも大企業の方が安定してるかもです。それは分かりません。 同級生へ。面白いやつばかりで、苦しい時も自然と笑顔にしてくれる存在でした。共に過ごした時間は一生忘れません。みんなと出会えて本当によかったです。大企業にいくやつも中小企業にいくやつも一生の最高の仲間です。 先生方へ。本当にありがとうございました。 まず、山本先生のガン
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4年間を振り返って
No.11 小林大起(勝山高校) 『4年間を振り返って』 こんにちは。 経済学部経済学科に所属する小林大起です。 私はこの4年間、野球を通じて多くの経験を重ね、大きく成長することができたと感じています。 私は同級生の中でも最も遠方の高校から入学しており、入学当初は送り出してくれた家族のために必ず結果を出さなければならないと気負いすぎていました。その思いが空回りし、チームにうまく馴染めない時期がありました。結果も思うように出ず、今振り返ると視野が狭く、未熟でみっともない姿だったと感じています。 そんな自分を変えてくれたのは、共に戦ってきた仲間たちの存在でした。この4年間、何度も野球を辞めたいと思い、逃げ道を探したこともありました。それでも、仲間がいてくれたからこそ、毎日グラウンドに足を運び、練習を続けることができました。先輩後輩含め、仲間たちには感謝してもしきれません。結局、最後の最後までリーグ戦に出場してこれまで支えてくれた方々の恩返しにかっこいい姿を見せることは叶いませんでしたが、諦めずに野球と向き合い続けた日々や、仲間と共に過ごした時間は、自
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4年間を振り返って
No.10 村上昴瑠(広島商業高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学地域創生学群4年の村上昴瑠です。 私はこの4年間、北九大で野球をすることができてよかったと思います。試合でチームに貢献することはできませんでしたが、4年間練習し続けられたことに大きな意味があったと思っています。試合に出ることが少なく苦しいことが続きましたが、4年間諦めずに練習を続けることができたのは両親のおかげだと思います。 試合に出ることがない自分を遠くで陰ながら応援、期待し続けてくれたことが大きな要因であったと思います。しかし、その期待に応えることができませんでした。申し訳ない気持ちでいっぱいですが、下を向くことなく社会人になってから少しずつ恩返ししていきます。 そして、同級生の仲間たちと切磋琢磨し練習し続けられたことが要因でもある思います。この同級生の仲間と九州インカレで優勝できたことが私の1番の思い出です。4年生中心で挑んだ九州インカレで優勝することは、リーグ戦で貢献することができてなかった私にとってすごくうれしかったことを覚えています。こんな経験をさせてくれた同
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4年間を振り返って
No.9 松本凜太郎(延岡高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学地域創生学群地域創生学類の松本凜太郎です。 大学野球の4年間を振り返ると、苦労や後悔がありましたが、心の底から大学野球をやってよかったと思っています。 私は、小・中・高と多く試合に出させてもらっていましたが、大学では、実力不足もあり、一度も公式戦に出場していません。また、入部当初の私は、大学野球で初めて体育会系の上下関係というものをこの身をもって思い知らされました。小学・中学・高校と公立学校に通い、上下関係もさほど厳しくなかったため当時は、大学野球にギャップを感じていました。さらに、周りのレベルの高さや野球に対する姿勢・意識の高さに差を感じ不安しかありませんでした。 そんな私が、大学まで野球を続けてこられたのは、「仲間」「家族」の存在があったからです。野球で結果が出ず辛い時でも、同級生の仲間や私生活での友人と過ごすことで、自然と笑顔になり、その瞬間だけ辛いことを忘れることができました。一緒になってバカしてくれる仲間がいたから、4年間も続けてこられたと思います。ありがと
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4年間を振り返って
No.8 品川拓巳(広島商業高校) 『4年間を振り返って』 どうもこんにちは。品川拓巳です。 北九大野球部での4年間を振り返ると、様々な経験を通して大きく成長できた時間だったと感じます。入学してまず驚いたのは、ガッツポーズをしても怒られないこと、笑顔を見せても怒られないことでした。高校時代は「野球は楽しむものではない」と思っていた私にとって、大学野球は本当に新鮮で、とても楽しいものでした。気がつけば、あっという間の4年間でした。 大学野球を通して特に学んだのは物事に取り組む姿勢です。限られた時間や環境で成長するためには自分で考え、真摯に取り組むことが必要であることを知りました。この姿勢はこの4年間で自分なりに身につけることができたと思います。 同じ目標に向かって仲間と切磋琢磨しながら成長できたことも大きな財産です。結果的には神宮に出場出来なかったものの、同級生とは振り返る度に濃い思い出が溢れてきます。朝早くから眠い目をこすりながらみんなで整備をし、練習後に食堂でご飯を食べながら楽しく話す。そんな毎日がとても幸せだったということを引退してからしみ
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北九大で良かった
No.7 鹿山惇生(長崎南山高校) 『北九大で良かった』 「北九大で良かった。」 この一言に、4年間すべてが詰まっています。 何度も、あと一歩でした。 手を伸ばせば届きそうだった神宮への切符は、そのたびに目の前で消えていきました。歓喜の輪の外で、胴上げされる瞬間を6度見届けました。悔しかった。苦しかった。 2025年春季リーグ戦。 2歳から続けてきた野球人生、最後の挑戦。全国への切符をかけた試合に敗れた瞬間、涙が止まりませんでした。込み上げてきたのは、悔しさだけではなく、両親への感謝。毎日一緒に泥だらけになった仲間の顔。そして、やり切ったという誇り。全てが一気に押し寄せました。後から写真を見返すと、品川が肩を貸してくれていました。仲間がいたからこそ、最後まで戦うことができました。時には、仲間にきつい言葉をぶつけたこともあります。本気だったからこそ、ぶつかった。本気だったからこそ、悔しかった。それでも、最後まで一緒に戦ってくれたみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。 かずと。 たくさんのものを背負わせてしまいました。かずとがキャプテンで本当に良かっ
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4年間を振り返って
No.6 坂上照幸(池田学園池田高校) 『4年間を振り返って』 北九州市立大学経済学部経済学科の坂上照幸です。 大学での野球生活を振り返ると、悔しかったことや嬉しかったこと、楽しかったことなど様々なことが思い浮かんできます。入学当初は、高校野球と違い、周りの先輩方のレベルの高さに圧倒され、北九大の野球のレベルの高さについていくために練習するのに必死でした。2年生になり、少しずつ試合に出させていただく機会が増え、楽しく野球をすることができるようになってきました。しかし、上級生になり自分のためでなく、チームのことを考えて野球をしないといけなくなりました。今までの野球人生では自分の結果を主に考えてやっていた分、チームのことを考えることが難しかったです。3年生の秋のインカレで優勝したあと、やっぱりこの仲間で神宮に行きたい、少しでも長く野球がしたいと思い、4年生の春に神宮に行くという目標が自分の中で明確になりました。しかし、結果は2位で神宮に出場することができませんでした。仲間たちともう、野球ができなくなってしまうと考えると悔しくてたまりませんでした。本
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