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イップスと仲間と共に歩んだ野球人生

No.21 松尾大地(小倉東高校)


『イップスと仲間と共に歩んだ野球人生』



皆さんこんにちは。

でかくなりたい大学生です。


イップスといえばまず初めに誰が思い浮かびますか。そうです。松尾大地です。3塁コーチャーのところにファールボールが飛んできてそれをキャッチしてしまった時、3塁側の相手ベンチへボールを投げるのが怖すぎたのを今でも忘れられません。わざとスルーしたりもしました。イップスといえば松尾大地、松尾大地といえばイップスでございます。

なぜ私がイップスになったのか、それは中学時代の過酷な練習にありました。なった当初は最初の3ヶ月間ボールを握ることすら怖く、野球をいつ辞めるか考える日々でした。「ボールを投げたらまた暴投してチームに迷惑をかけてしまう」その思いがどこからともなく頭中を支配し、怯える日々でした。こんなに野球が嫌いになった私でもなぜ大学まで野球を続けてこられたかと言いますと、仲間がいたからです。イップスを理解してくれる仲間、いじってくれる仲間、怒ってくれる仲間、改善へ導いてくれる仲間。先輩後輩同期全員が私のイップスに対して愛を持って接してくださいました。それは高校、大学と全て同じでした。


私は大学2年の時に学生コーチとなりました。学生コーチになった理由の1つとしてイップスがあります。何か逃げたかのような形にはなりましたが私の中で後悔はありません。イップスの学生コーチでもチームのみんなは愛を持って接してくれました。


私は北九州市立大学以外では野球を続けてはいけなかったと思います。北九州市立大学の野球部だからこそ4年間やり遂げられたと思います。北九州市立大学の野球部のみんなに感謝です。

神宮でイップスでスーパーゴリマッチョな3塁コーチャーを披露することができませんでしたが、今年の春、それからもずっと後輩が神宮で活躍する姿を期待し卒業いたします。


以上イップスの松尾大地でした。




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